
◆ルネ・マグリットをご存知ですか?
国際的に高く評価されたシュルレアリスム芸術家の代表であるルネ・マグリット。
一度見ると忘れられない彼の絵は、マグリットを知らない人でも印象に残っているかもしれません。
マグリットは、1898年11月21日ベルギーの西部レシーヌの裕福な実業家の父親のもとで生まれました。
ブリュッセル王立美術アカデミーに入学するも、彼はそこを「時間の無駄だ」と考えて中退。母を早くに亡くしたショックの中も、模索を続ける彼の少年時代に大きな影響を与えたのは、パブロ・ピカソが提唱した「キュビズム」でした。
生活費を得るためにグラフィックデザインや広告ポスターなどの仕事をしつつも、
抽象画やキュビスムの影響を感じさせる作品を描き続けていたマグリットでしたが、
ある日観た、ジョルジョ・デ・キリコの作品に「涙を抑えることができない」ほどの感銘を受けたことがきっかけで、
シュルレアリスムの方向へ進んでいきます。
1927年、ブリュッセルの「ギャラリー・ラ・ケンタウリ」で初の個展を開催。
満員御礼の個展にも関わらず批評家の酷評を受け、パリに移住し3年滞在。フランスのシュルレアリストたちと交流します。
◆「シュルレアリスム」とは?

シュルレアリスムは他の芸術の潮流(ex:キュビズムやフォービズム)とは異なり、共通の様式を持たないことが特徴です。
そのため、理解をする上で難しく思われるかもしれません。
1924年フランスで、作家アンドレ・ブルトンが「シュルレアリスム宣言」を発表し、運動が本格的始ました。
それは、第一次世界大戦がもたらした悲惨な状況で理性や合理的主義に対する批判を生む中、
「日常を変えたい」とより現実的になることで高次元を求めた背景に生まれた運動で、文学を超え、オブジェ・写真・絵画・広告・インスタレーション・ファッション・インテリアにまで「シュルレアリスム」と呼ばれ拡大しました。
そのため、「シュルレアリスム」は芸術のみならず社会全体に影響をもたらしたことがわかります。
その影響は誕生から100年を経た現代においても続いており、
時代を超えても「真新しい驚き」を与え続けているシュルレアリスムだからこそ、理解に苦しむ面もあるということです。
シュルレアリスムの代表的な作家としてルネ・マグリットの他にも、
マン・レイ、サルバドール・ダリ、ジョアン・ミロ等があげられます。
「シュルレアリスム」について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください⇩
アートコラム:【ルネ・マグリット等 巨匠を通して覗く「シュルレアリスム」】
◆一度みると忘れられない「アイコン」が生まれるまで

大阪中之島美術館 所蔵
パリに渡り活動するも、マグリットはシュルレアリスム運動の理論的指導者であったアンドレ・ブルトンとはうまが合わず、
1930年ブリュッセルへ戻ります。
第二次世界大戦中のドイツによるベルギー占領期もブリュッセルに残ったマグリットは、1943年から44年にかけて、ドイツ占領下のベルギーでの生活に伴う疎外感や見捨てられたという感情への反動として、一時的に色彩豊かで絵画的な作風を取り入れました。この期間は「ルノワール期」として知られています。
紆余曲折ありながらも、アパートに幼なじみの妻と愛犬と生涯連れ添い、夜10時には就寝するという平凡な暮らしの中で、
スーツにネクタイ姿で、アトリエは持たず台所の片隅にイーゼルを立てて制作し続けました。
マグリットのアイコンでもある帽子を被ったスーツ姿の男性は自画像とされており、
顔や体の上にモノが描かれている構図には、「大事なものは目には見えない」といったメッセージ性が含まれています。
真昼に持つ夜の時間、
記憶とともに血を流す骸骨、
人間の様に生きている木。。。。。
「一見対照的なものを同じ画に収める」彼の技法は、
不規則や不一致といった概念を一周まわってひとつのリアリティだということに気付かされます。
この、言葉・イメージ・時間や重力などといった、私たちの思考や行動を規定する「枠」を飛び越えて見せる独特な世界観で、
20世紀に活躍し多くの影響を与えました。
時代を超えても、何度見ても、彼の絵は驚きのあまり見入ってしまう。
一度見たら忘れることのできない、ある意味での「ショック」を絵画で与えられるのが、
彼にしか表現できない才能であり、アイコンと言えるでしょう。
◆galleryKASAIが紹介するマグリット作品

「The Son of Man (After René Magritte)」
1973年 リトグラフ 150部
画寸:59.7 × 77.8 cm
価格:お問い合わせください
作品詳細ページ>>>
ジョルジェット・マグリット(作家の未亡人)による、「私の夫ルネ・マグリットの原作『人間の息子』に基づくリトグラフ」と直筆記載あり。