【アートコラム】パブロ・ピカソとアトリエ

私のアトリエは一種の実験室だ。
あらゆる実験と同じく、成功するものもあれば失敗するものもある。
My studio is a kind of laboratory.
Like all experiments, some succeed and others fail.”  Pablo Picasso

◆ピカソが名作を生み出したアトリエ =「laboratory(実験室)」

スペイン画家であるパブロ・ピカソは、芸術の都・パリを制作活動の拠点として「芸術界の王」にまで上り詰めました。

「芸術界の王」と呼ばれるようになった大きな要素。
それは独自のスタイル(=アイコン)を6〜7個も生み出し、世界ギネスになるほど作品数を残した点です。

そんなピカソがこれまでにアトリエとして構えた場所は多岐に渡ります。
バルセロナから始まり、パリのモンマルトルやモンパルナス、晩年は南仏のヴァローリスでも拠点とし制作していました。

ピカソはこんな言葉を残しています。

「”My studio is a kind of laboratory. Like all experiments, some succeed and others fail.”(私のアトリエは一種の実験室だ。あらゆる実験と同じく、成功するものもあれば失敗するものもある。)」ーPablo Picasso

ピカソがこれほどまでに画期的な進化を成し遂げられた背景には、新たなことに取り組む場所・さまざまな人たちと出会える場所となった「アトリエ=実験室」の存在が必要不可欠でした。

今回はそんな「ピカソとアトリエ」に焦点を当ててお話ししたいと思います。


◆モンマルトルのアトリエ「Bateau-Lavoir(洗濯船)

バルセロナとパリを行き来していたピカソですが、
1904年にParisモンマルトルにある「Bateau-Lavoir(洗濯船)」と呼ばれていた建物に部屋を借りて、パリに腰を据えます。

このBateau-Lavoir(洗濯船)は、ピカソの他にも、ジョルジュ・ブラックモディリアーニなど、多くの芸術家の活動の拠点となりました。

モンマルトルの丘にひっそりと立つこの建物が「洗濯船」と呼ばれるようになったのは、
詩人のマックス・ジャコブが積み木のような建物を見て「セーヌ川に浮かぶ洗濯船を思い浮かべた」と唄ったのが始まりと言われています。


ピカソはこのアトリエで、フェルナンド・オリヴィエに出逢います。

それまでは「青の時代」(1901ー1904年)と呼ばれる冷たく深い青色の作品を多く制作していたピカソですが、オリヴィエとの出会いを機に「バラ色の時代」(1904ー1907年)へと移り、温かみのある褐色の色調へと転じました。

その後、キュビズムの始まりとも言われる代表作、
『アビニヨンの娘たち』もこのアトリエで制作します。

ルソーやローランサンなどの芸術家が集まり、毎晩のように洗濯船は意見交換宴の場所となっていました。
この頃のピカソ作品からは、画家や芸術家たちとの交流を通じて得た変化や要素が観て感じられらます。

Bateau-Lavoir(洗濯船)は火災でほぼ全焼してしまいますが、現在もモンマルトルには面影が残っています。
パリへ行かれた際には、ぜひ足を運んでみてください!


◆晩年 「カンヌのアトリエ」

もう一つ押さえておきたいピカソのアトリエは、晩年に構えた南仏カンヌのアトリエです。

日差しが明るく、暖かな気候の南仏には、ピカソだけでなくシャガールやマティスも晩年のアトリエに選び、移り住みました。

パリとは違い、窓から日差しが入る南仏でピカソは、アトリエをモチーフによく絵を描くようになりました。

もともと日記のように絵を毎日書いていたピカソにとって、日毎に日差しで移り変わって見える南仏のアトリエは興味深かったのでしょう。

また、平和の象徴とした鳩(パロマ)を多く描いているのもこの時期です。

ちなみに、ピカソはアトリエが門外不出の空間でもあった為、誰も招くこともなければ、入ること自体許されなかった場所でもありました。

その中で唯一ともに過ごしていた盟友がいます。それこそが鳩(パロマ)でした。

ピカソは生涯、鳩を愛しており、鳩を題材にした作品にはその愛着さが出ております。

*極めて珍しく、目にすること、希少性・評価はもちろん高いです。

また、近所に住んでいたマティスが数日家を留守にするとのことで、マティスが飼っていた鳩2羽をピカソが預かったなどの逸話もあります。

幼い頃、アンダルシアで過ごした頃を想い出させてくれた白い鳩たちに魅了されたピカソは、その頃依頼されていた、《国際平和会議のシンボル》に最もふさわしいと気づきます。

その鳩のくちばしにはオリーブの枝が咥えられて、今では「平和の象徴」として広く認識されています


◆gallery KASAIが紹介する、ピカソとアトリエ作品

「カンヌのアトリエ」

1955年 リトグラフ、オーカー 50部
直筆サインあり
画寸:37.0 × 45.5 cm

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「カリフォルニーの手帖55.11.19 Ⅱ」

1959年 リトグラフ 
画寸:41.5 × 26.0 cm

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