
◆BRBメディカルサロン様 会報誌にアートコラムを掲載!
以前よりお世話になっております、高級メディカル医療サロンBRB Medical Salon様の会報誌
「Letterzine#11」に今回もgalleryKASAIのアートコラムを掲載させて頂きました。
今回のテーマは、「ピカソとシャガール〜2人の巨匠が生んだ筋道〜」です。
「前衛美術の王」として君臨したパブロ・ピカソ。
「色彩の魔術師」として各国から称賛を集めたシャガール。
良きライバルとしても知られる2人の巨匠について、知っておきたい豆知識と共に纏めました。
ぜひご拝読くださいませ。
◆アートコラム「ピカソとシャガール〜2人の巨匠が生んだ筋道〜」

時は100年程前に遡り1900年代初頭、パリには世界中から画家が集まって互いの個性を自由に出し合い、芸術の花が咲き誇っていた時代がありました。
美術史で出てくる「エコール・ド・パリ」という時代です(諸説あるが1920~29年が絶頂期と呼ばれている)。
その中で、ピカソとシャガールは時を同じくして生まれ、それぞれ独自のスタイルを切り開き活躍した仲間でもあり、ライバルでもありました。
美術に全く興味のない方でも一度は耳にしたことある作家ピカソとシャガールですが、なぜこれほどまでに彼らは偉大なのか。
パブロ・ピカソ(1881-1973 年)はスペインに生まれ、芸術の都パリで前衛美術の王として君臨していました。
偉大な理由は語り尽くせませんが、まず驚くべきは圧倒的な作品数です。ピカソは生涯で約15万点を制作し、世界で最も多くの作品を残した画家としてギネス記録を持っています。
そして「キュビズム」を確立し、絵画を“美しいものを眺める存在”から“鑑賞者が考え、答えを探す存在”へと変えてしまいます。これはアートの概念を根底から覆す革命でした。

ピカソ「Tête de femme(ジャクリーンの肖像)」
作家において、自身のアイコン(=一目みてどの作家の作品かわかる要素)を生み出せるか、否かがその後のアート界に名を残せるかに大きく関わってきます。
そのため、全ての作家は自分のオリジナルのアイコンを生み出すことに、画家人生を賭けて取り組みます。
なかには何も生み出せずに消えていく作家も多い中、ピカソは91歳の生涯において、1つにとどまらず、6〜7個ものオリジナルスタイルを生み出してしまいます。
だからこそ、ピカソの後に生まれた作家は皆決まって、ピカソに挑戦していくのです。
また、絵画作成の過程においても最も多くの技法を巧みに使いこなしたのもピカソです。
その中でも代表的な「リノカット」技法は、ピカソ生前時でも既に古い技法とされていました。
しかし、躍動感を表現できるリノカットに目を付けたピカソは見事に使いこなし、リノカットを自身の代名詞にしてしまいます。
リノカット作品はピカソの持つ先見性と想像力を大いに発揮された時代を象徴する作品でもあり、ピカソ史の中でも偉大な技法として、世界的なマーケットにおいても別格の評価をされています。

そんな偉大なピカソが生前に唯一嫉妬した作家がいたと言われています。
その画家こそが、マルク・シャガール(1887-1985年)です。ロシア(現・ベラルーシ共和国)に生まれ育ったシャガールの人生は波乱に満ちていたものだった為、テーマとして多く置いていたのが「愛」と「平和」でした。
シャガールの色彩感覚は生まれ持った才能で「色彩の魔術師」と称され、彼にしか使いこなすことのできなかった、代名詞「シャガールブルー」というものがあります。
その色彩にはプライド高きフランス国家をも唸らせ、自国の作家ではなく、王として君臨したピカソでもなく、国家建造物であるオペラ座の天井画を、シャガールに任せます。
また、ニューヨークにある国連総本部の象徴となるステンドグラスもシャガールが依頼を受け、手がけています。
世界がシャガールの色彩を認めていたという背景になりますね。
物語を色彩と共に奏でるように描く作品には、シャガールにしか表現できない言葉を失う美しさと深さがあります。
ピカソは生前こんな言葉を残しています。
「ルノワール以来、本当に色彩を理解する画家はシャガールただ一人だ。シャガールほど光に対する感覚を持ったものは一人もいない。」
シャガールもまたピカソに送った言葉がありました。
「ピカソはなんという天才なんだ!しかし、彼が絵画を描かないのが残念だ。」
なんともパンチの効いた言葉がシャガールらしいです(笑)。
戦時下においてパリに止まったピカソと、アメリカへ逃れたシャガール。
1951年に念願の、そして生涯初となる対話の席で、二人の燃え盛る個性と才能はぶつかり合い、友情が深まるどころか激しいライバルとなります。
しかしながら、二人の作品を見比べると、生涯を通して互いにリスペクトし影響しあっていたことが明瞭に伝わります。
二人の巨匠が生んだ道筋は現在のアートのあり方に続いています。
作品を眺めながら時代を読み解いていくことも、絵画の面白い楽しみ方かもしれませんね。
◆BRBメディカルサロンとは?
東京大学・慶應義塾大学出身の名誉教授・現役教授を顧問ドクターに迎えた強固な医療ネットワークを有する会員制医療クラブです。
コンベンショナルな施設運営はあえて行わず、顧問ドクターが推奨する医療機関や専門医と連携することで「その方にとって最も適した医療のご提案」を可能にしています。